Essay

顔と髪にはお金をかけよう、と彼女は言った

00

今日会った同世代の友人と、まつ毛エクステやら髪のインナーカラーやら顔にはお金をかけた方が良いよね、という話になった。理由は、隠せないから。さらに服に興味が薄くなってきたという感覚も共通していて、着飾ることにはそれほど価値を感じなくなるタイミングがあるのだなあと思った。ただ、身だしなみの一環として肌ケアなり髪のトリートメントなりにお金は必要というような話だった。

01

何にお金を使うかをみると、その人が何に価値を感じているのか知ることができる、らしい。

前職でお世話になった方と落語家のようなしゃべりの方と、3人でお食事する機会があった。そのときに印象に残ったのは、’お金じゃないよ’という話だった。世間的にみるとたくさんお金を持っている方々だから、持ってみて改めて思うことがあるらしい。接してみて感じるのは、価値があると思うものにだけ使う、ということが徹底されている点だ。払えなくもないけれど、必要もないなら使わない。文字にすると当たり前のようでいて、日常でこれができているひとは少ないようにも思う。何より自分ができていない人だと思うからだ。

02

地方でルームシェアすれば家賃も安いし、根詰めて働かなくても自炊すればそれなりに美味しい食事が得られる。サブスクリプションの映画なり本なりマンガなりで楽しく時間を過ごすことは容易だし、ひとり500円以内でどのお菓子を選ぶか話しながらドラッグストアで買い物するのだってなかなか楽しい。M-1での錦鯉のネタが見たことあるやつだったとか、ジャルジャルのシュールネタがツボだとか、会話レベルは中学生の頃と変わらない感じもする。

03

冬はさすがにやらないけれど、東京都内での仕事から地元に帰ったときに会った友人とは、ファミマで買ったドリンク片手に、公園で2時間くらい話していた気がする。大人になって、お金で買える楽しさも少しは知ったけれど、わたしが感じるのは、買えない関係性の方が貴重だということ。高校時代からの友人は誰も、理由なく待ち合わせに遅れることはないし、お金の貸し借りもなければネットワークビジネスのような話を持ちかけられたこともない。

04

投資家みたいに生きろという本で、いま10億円を持っていないあなたを大切にしてくれるひとは、お金とは関係のないところで付き合っているのだから、より貴重なのだというニュアンスの一節があった。確かに、社長令嬢でもなければ敏腕経営者でもない自分であり、提供できるものは資金ではない自分と過ごしてくれるのだから、結構レアだ。そのひとたちが欲していることは何だろう?リターンがありそうだからという雰囲気はミリも感じない。損得ではない部分があるのかもしれないけれど、少なくとも何かしら提供できることはないかと探してみることにした。

にほんブログ村 その他ブログへ
にほんブログ村