Essay

悩むのは自分にとって必要な情報が不足していたからかもしれない【わたしは情報弱者?】

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自分は何者でどこへ向かうのか、いくどとなく問い続けてきました、

などと書くと、すこし堅い感じもします。

しかしながら、だれしも、

考えたことはあるのではないでしょうか。

01

10代の頃から20代の前半まで、

全くニュースを見たり、

新聞を読んだりしませんでした。

学生時代の「現代社会」「政治・経済」

という分野は全く興味もわかず、

「歴史」「地理」「公民」という科目も、

とにかく単語を丸暗記して得点するだけでした。

02

ところが、この頃やっと、

「よのなか」に興味が湧いてきました。

それは、自分の生活、つまり服や家や食べ物について、

どうやら「よのなか」の動きを知っていないと、

不利な仕組みになっているようだ、と気がついたからです。

03

それは、たとえば、お金についてもいえます。

日本の年金制度は頼りにならない、

という声を上げているひともおり、

そのフレーズだけで「そうなのか」と受け入れてしまうのは、

もったいなかったりするのではないかと考えるようになりました。

いまの私の気づきとしては、

まず「個人差が大きい」ということです。

20歳に達してから、すでに国民年金保険料を収めていたのか、

それとも免除申請が通って免除となった期間があるのか、

はたまた、何もせず未納となっているのか。

それらは、個人が当時をどう過ごしたかにもよりますし、

企業に就職して厚生年金に加入していた期間がある人もいれば、

自営業で国民年金基金に掛け金を拠出している人もいます。

また、付加年金の申請をして、

月額400円多く収めているひともいます。

それぞれに、事情が違うので、

だれかひとりの声や大衆のワンフレーズを鵜呑みにするのは、

あまり賢くないのかもしれません。

では、この年金制度に関する自分の立ち位置は、どうなのか?

それを発する前にまず現状を知る必要があるように感じ、

いま、関係しそうな書籍を読んだり「ねんきんネット」を閲覧したり、

金融庁や国民年金基金連合会のWebサイトを見たりしています。

そして、わたしが収めてきたお金は、

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が運用していて、

その運用成績は公開されている、というところまで分かりました。

04

そうしているうちに、

あまり思い悩んでいない自分がいることに気が付きました。

10代のころは、日本の中の学校や会社という枠のなかで、

「自分は何者なのか」とひたすらに考え、悩み、

そして答えのでない苛立ちにエネルギーを奪われていたように思います。

やりたいことがわからない。

向いていることがわからない。

これからどうしていくのがいいかわからない。

もちろん、思春期や青年期の多感な時期だから、

みなそのようなものだ、ともいえます。

しかしながら、いま感じるのは、

情報が不足していたのだということです。

関係ないと思っていた、興味が沸かない。

そんな理由で「よのなか」を知ろうとしなかった。

そして、ソトと比較してでしか自分を定義できない。

これは、30代にしてはとても、

ゆっくりとしたペースの気づきなのかもしれませんが、

人生で一番若い今日から、思い悩んだらまず、

情報を集める、

というアクションをとっていきたいと思っています。

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