Essay

ダンスシューズを捨てた

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公園の土はスニーカーにはつかないくらいの湿った感じでなんとなく乾いている。コンビニやスーパーのまわりでは、扇風機で煽られているくらいパタパタとはためいている広告が、活気を感じさせるような気もする。ファミマのコーヒーを買いつつゆったりしようとした。Apple walletに入ったままのPASMOに150円だけチャージが残っていたので使い切りたかったけれど、自動で起動するのはSuicaの方だ。いまだにPASMOとSuicaがうまいこと使い分けられない。

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Audibleで石田衣良氏のエッセイを聴いた。お金はそのひとの影である、という。いくらお金を持っていてどう使っているかだけでは、その人の価値は変わらないとか、そんなようなことを言っていた気がする。つまり彼は、あまり人生において重きを置いていないということなのだろう、とわたしは解釈した。

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リクルート活動しかり、ライティングの仕事しかり、仕事探しはぼちぼちやっているけれど、なんか先が見えたように感じる。退屈を感じる時間が増えたので、エンタメを目一杯楽しもうとNetflixで韓国ドラマの’39歳’を観たり、J-POP最新ランキングを聴いてみたりもするけれど、心動かされることもすくない。

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Kindleの記録によると、先月は30冊くらい本を読んだらしいけれど、今すぐ何かしようという気になるような出合いがあったかというと、なんか違う。だったらいま自分が持っているものを整理しようと、もっていた服の半分くらいを処分した。柄は気に入っていたけれどラインがしっくりこなかったシャツやバレエのときの練習着は売り、生地の頑丈さが気に入って買ったリーバイスのデニムはウエストが緩すぎたので人にあげた。きっとまたやりたくなるだろうと、大切に思っていたダンスシューズも、劣化して履ける状態でもなかったことに気づいた。

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だいぶやり込んだNintendo Switchのリングフィットも売りにだして、なんか気分がすっきりした。気が向いたらダンスはいつでもやれば良いと心から思えたので、靴や練習着の処分ができたのだと思う。新しいものを得たければ今持っているものを手放さなくてはならない、と誰かが言っていた。たしかに、意識するしないに関わらず時間は過ぎている。昨日必要だったものと今日必要なものは違うのだと思った。